長生きすることが贅沢になる?(4)

ども

 ブログ再開にあたり書いた最近の出来事のうち、一番深刻な話。うちの祖母が急に容態が悪化しました話の続き・最終です。

 約束の日の夕刻、病院から電話がありました。
「入院に可否について会議の結果、入院が承認されましたので、10日後にお願いいたします。それまでは現在の病院にいられるようにこちらから連絡しておきます」
とのこと。まぁ向こうは商売ですから、病院で説明を行っている時点でもう入院承認されたようなものだったのではないでしょうか(笑)もっと言えば、
『いや、10日も待てないのですぐに入りたい』
っていう場合
『じゃあ、こちらの料金の部屋でしたら‥‥』
という展開があるのではないかと思うくらいです。
 ちなみに転院には移動手段が必要で
①病院(転院元・先のどちらか)の車で移動する
②自分で車に乗せてくる
③タクシーに乗せてくる
④専門の業者の車に乗せてくる
 の中から選ぶのですが、①はどちらの病院も用意がなく、②~④ですが、前記のように自分で歩くことが困難なので車椅子もしくはストレッチャー(移動寝台)を使わなくてはいけないので、④になります。

「専門の業者って何?」
 以前は《寝台車》が主流でしたが、最近では《介護タクシー》もしくは《福祉タクシー》というのもあります。要は自力移動不可能な人用のタクシーです。で、家族の会話。
私「移動手段どうする?」
母「車じゃ無理だから、どっか頼も」
私「じゃ、●●●に寝台車頼もうか」
母「‥‥それって、お父さんが乗ったやつ?」
私「‥‥‥‥‥‥」
 えー、基本的に寝台車は葬儀屋さんがやっている場合が多く●●●というのは父の葬儀を頼んだ葬祭業者で、父は遺言で派手な霊柩車はやめて黒塗りの寝台車(アメ車のステーションワゴン)で送られたため、それを母親は連想してました。
私「あのねぇ、黒塗りの寝台車、病院の玄関横づけ出来ないでしょ。逆に生きてる人間、裏口から出せないし、そういう場合用の寝台車(患者輸送車)があるんだから」
母「あ、そう」
とりあえず、介護タクシーにします(笑)

 ま、以上が事の顛末です。この後入院準備・手続き・転院作業があるのですが、今回の件で実感したのがタイトルです。私もよくわからなかったのですが、介護保険なるもの。無いよりはましですが、あるからといって決して有効とは言えず、個人的感想ですが介護産業を食わせるためのシステムでしかないように思えます。また、後期高齢者医療制度も含め

「早く死んだ方がお得ですよ」

という方針に基づく政策だという気がしてなりません。

 幸いなことにうちの祖母の場合は、資産の処分も考慮に入れれば現状ある程度の外部での介護は可能です(祖母の後は分かりません)。しかし多くの場合、私の周囲の人と話をしてもかなり難しいと思います。私だってどうなるか判りません。人間らしく、また家族に迷惑をかけずに老後を過ごすことが、これほどの財力を伴わねばいけない現在の日本ってどうなんでしょう。為政者はこのことをどれだけわかっているのか。

 あ、余談ですが、この病院のスウィートクラスの病室には都内在住の政治家の親族が入院しているという【噂】です。

 高福祉高負担の社会が難しいことは、北欧諸国の状況を見ればわかります。また、その痛みを国民が享受するだけの覚悟が今のこの国にあるのかも疑問です。
 そうは言っても私が釈然としないのは、本来国民への福祉(サービス)として行うべきことまで「民間にできることは民間に」の号令一つでビジネス化してしまった政府・役人・国会議員連中と、飽くまでビジネスに終始しそういった老人を食い物にしている業者たちの存在です。
 利益追求が経営者としては当たり前でも、この手の事業は志をもった人間にこそ運営されるべきで、「老人≒商品・商機」というのは人として如何かと思います。

 この話は今後も折を見て書きたいですが、とりあえず今回はここまで。

日本国憲法
第十三条【個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重】
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

ではでは。

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長生きすることが贅沢になる?(3)

ども。

 ブログ再開にあたり書いた最近の出来事のうち、一番深刻な話。うちの祖母が急に容態が悪化しました話の続きです。

 で、嵐のような平日の午前。母と2人でその病院へと向かいます。そこはハッキリ言って不便なところ、二つの私鉄の駅と駅の二等辺三角形の頂点のようなところです。まあ、幸い仕事でよく通っていた道の近くなので土地勘はありましたが、「こんな所にあったっけ」というところでしたが、しかしその辺りは果樹園の多い所なので、近づくにつれて「ああ、あれだな」というくらい目立つ建物でした。

 そして院内、玄関から受付へ。感じたのは「なんかホテルのロビーみたいだな」ということ。ハッキリ言ってきれいです。清潔です。入口からストレッチャーで老人が運ばれてこない限り、病院とは思えません。とりあえずロビーでテレビなど見ながら時間調整。
 そして約束の10時半。担当の課長(30~40代男性)と面談です。でまずこの病院のあらましから聞きます。
 要はこの病院は長期入院専門の病院で、基本的に外来は受けない(近所の人のみ、一日50人程度の来院者はあるそうです)。科は内科のみで、それ以外は週一で医師が派遣され、外科に関しては設備の関係上他の病院にまわすそうです(治療完了後、帰って来れる)。
 入院期間については通常の病院では3カ月単位で外に(他の病院に)出されてしまうのですが、年度末ごと(一年単位)の契約で更新が可能とのことです。
 病棟は基本一人部屋です。確かに四人部屋もありますが大体2年待ちとのことで、まあ高額なわけです。

 そして料金。目の前に表が置かれますが、一番高額な病室は今年冬のボーナスの平均額を充分に超えています。まあうちは一番安い部屋(5段階のうち)なのでそこまではいきませんが、やはり高額です。

 で、病棟を見学に。まず一階。病室は二階からです。リハビリ室等を通り抜け、辿り着いたエレベーターホールは、最近泊まった伊豆地方の某温泉ホテルよりも数段立派で綺麗です。天井は高いし、床はモザイク調。いや冗談でなく本当に並みのホテル以上に立派です。
 そして二階へ。病室のフロアも暖色系の内装で統一され、温かみがありとても綺麗です。スタッフの数も充実し、患者のプライバシーの配慮も充分ですし、私、住んでもいいと思いました(笑)

 一通り見学し、正式に入院申し込みをして病院を後にします。入院の可否については、3日後の会議で決定し、決定後1ケ月前後で入院可能だとのことです。「まぁ大丈夫でしょう」とは課長の談。電話を待ちます。

で、また続きます。

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長生きすることが贅沢になる?(2)

ども。

 ブログ再開にあたり書いた最近の出来事のうち、一番深刻な話。うちの祖母が急に容態が悪化しました話の続きです。

 で、家族会議です。今、実家には腰痛持ち・高血圧の60歳代の母、バイト生活の下の妹(30歳代)。周辺には私の家族と上の妹(30歳代)一家がおります。
 もし自宅で介護するとなると、看護婦の資格も持つ母親が主戦力となり、我々はせいぜい補助戦力です。また周囲の親族、叔母(祖母の長女)や義理の叔母(父の弟(故人)の嫁)は既に戦力外通告を自分でしていますので、全くあてになりません。

 この状況で「どうする?」という場合、【在宅介護】をするということは、母親に『介護しろ』と言うに等しく、わたしには口が裂けても言えません。また、母親も『勘弁してくれ』ということで、結論からいますと《専門の施設で介護をお願いする》ということになりました。

 そしてソーシャルワーカーに調べてもらったところ、
①近隣の病院の介護病棟は空きがなく、平均で半年から1年の待ち
②ちょっと離れたところにすぐ入れるところがあるが、入院費が高額(一般の1.5~2倍)
という状況でした。

 で、また家族会議。まあ近場の比較的安価なところが理想的なのですが、さすがに自宅待機中介護しなければならないため、やはりすぐに入れるところというのが結論です。決定した理由(裏付け)としては
①やはり自宅で「点滴による栄養補給」などの介護は負担が重い
②財政的には祖母本人のタンス預金と会社(会社の用地の何割かは祖母名義で地代が発生している)で何とかなる(正確には何とかする)
③酷な話だが祖母の年齢を考慮すると、長期の入院は考え難い
ということがあるのだが、いずれにしろうちで介護するのが無理な以上、必然的な着地点であります。

 そして、さっそく病院に連絡、病院にて説明を聞くこととなりました。

まだ続きます。

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三遊亭圓楽師逝去

ども。

まず、落語ファンの一人としてお悔やみ申し上げます。

個人的には人情噺好きな私としては、圓楽師の話芸は好きでしたねぇ。6代目圓生直系ということで、柳家系とは若干感触が違いましたからね。

それにしても、これで落語界の懸案の一つ『落語三遊協会(現・円楽一門会)』も解決に向かうのでしょうか?

ではでは。

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長生きすることが贅沢になる?(1)

ども。

 ブログ再開にあたり書いた最近の出来事のうち、一番深刻な話。うちの祖母が急に容態が悪化しました話です。

 私の祖母(父の母)は大正4年生まれの93歳。隣村から農家であった当家に嫁ぎ、3人の子を生したのですが、18年前につれあい(祖父)を亡くし、次男(叔父)、長男(父)も相次いで亡くしたのですが(叔母は健在)、2~3年前までは糖尿の気がある以外は元気で、耳が遠い以外は頭もしっかりしていました。
 それがここ1~2年で多少のボケも入り、昔痛めた膝も思わしくなかったのですが、それでも受け答えも出来ていましたし、日常生活も(自分の身の回りのことも)問題なく送っていました。
 それが急にです。急に足腰が立たなくなり、同時にまともな受け答えも出来なくなり、食事を嚥下することも困難になったのです。それが9月下旬で、その直後、急に高熱を発し、救急車でかかりつけの総合病院へ搬送されることになったのです。
 診断の結果は「敗血症」。一時は危篤の一歩手前まで行きましたが、抗生剤の投与などで沈静化し、とりあえず一命は取り留めました。しかし祖母はすでに痴呆の症状を呈しており、反応も思わしくありません。同時に食事の嚥下がうまくいかないため、おもな栄養補給は点滴です。

 そうなると、ここは一般の総合病院。緊急性がなく、まともな医療行為も伴わない患者は退院させられる運命にあります。しかし、我が家ではこのような状態の祖母を介護できる余裕はありません。

ということで、緊急の家族会議となります。

続きます。

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国会中継

ども。

久々に国会中継を見ました。

 休止期間が長かったので、先の選挙についてコメントしませんでしたが、そもそもこの間の選挙については非常な恐怖を感じました。小泉劇場の時もそうですが、日本人は何故にこうも単純化してしまったのでしょうか。

 確かに国民一般が自民党に不満があるのは事実でしたが、民主党の持っている危うさと胡散臭さを故意に隠すマスコミ報道には呆れました。

 おっと、選挙と政治はまた今度にして、今回は【国会中継】。

ちなみに【国会中継】は生に限ります(笑)

 普段、ニュース等で見る国会中継は、よく言えば《エッセンスのみ》を、悪く言えば《検閲済み》のものだけを流しています。TV局側に言わせれば『放送時間に合わせて行う編集権の行使』ですが、このフィルターを通すと前総理の麻生氏のようなことになってしまうわけです。イイこと言ってる部分は消して、《揚げ足取れるところのみ抽出》ということです。

 考えたら恐ろしいことです

 で、実際に【国会中継】を生で全部を見ていると、野党側は結構痛いところを突いて来ていて、特に今回の民主党の政策の薄っぺらさがよくわかります。それに加えて、はっきり言って噛み合っているのかいないのか判らない鳩山首相の答弁。まあ大概そんなもんですが(要は質問に答えるふりして、自分の言いたいことを言っているだけ)、小泉の時と違う意味での危うさを感じます。誰か言ってましたが「友愛」「友愛」が、小泉の「改革」「改革」に聞こえてきます。

 また答弁の中で谷垣自民党総裁に財政問題で突っ込まれた時、「あなたに言われたくない」的なこと言ってましたが、それも如何なものかと。

 それを踏まえて、国会をあんな平日の昼日中などという【これからはいなくなるであろう年金生活者と専業主婦】しか見られない時間ではなく、午後6時頃からぶっ通しでやったらどうでしょう。で、各局が中継する時にその局の思想信条にあった解説者を用意してはいかがでしょうか?結構盛り上がると思いますけどねえ。
 で、中には【国家中継やってます】という飲み屋も出て来て、答弁に突っ込み入れながら焼酎をあおるってのも面白いかも(笑)まあ、今のこの国の民度を考えれば無理でしょうけどね。

 ただ、そうなるとパフォーマンス先行になっちゃうかなあ。ま、それも民度か(笑)

 ネット利用者はよくわかってると思いますが、メジャーマスコミによる偏重・検閲を読み取っていくといろんなものの真意がわかるのはいいんですが、大多数の国民はいまだに「新聞テレビは公明正大」と思っていますからねえ。困ったものです。

 と言いながら、亀井金融大臣の例の件がどうなるか気になる中小零細企業経営者でありました。

ではでは。

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「くらま」の続報

ども。

護衛艦「くらま」の事故。今のところの情報では【貰い事故】のようですね。よかったよかった(笑)

 しかし、いろんな方がおっしゃってますが、あの炎上は問題ですね。古来、海戦においては火災を一番嫌いますから(だって逃げられないですからね)、戦闘の前には可燃物(調度品や壁材・寝具まで)を処理し、可燃性のある塗料類は剥がしたりまでして火災を防いでいたものです。
 まあ艦首の破損については、実際の護衛艦を見たことがありますが艦体は正直ペラペラです。ま、ペラペラと言っても充分に厚いのですが、おそらく一般の想像よりも薄いです、手で触れるところは。
 これも常識の範囲で、もし軍艦が艦体全体を厚い装甲で覆った場合、過重量になってしまうので『防御区画(チタデル)』といって、重要な部分(機関部・弾薬庫等)のみに装甲を施し、それ以外の部分は比較的薄くし、艦体全体では軽くしてあります。
 その中でも、艦首はおそらくは厚くありません。昔(日露戦争以前)の軍艦は艦首部(水面下)に『衝角(ラム)』という突起部を設けてあり、敵艦の横っ腹に突っ込んで沈めるという海賊船のような戦術がありました(キャプテンハーロックのアルカディア号のように)。これは、搭載している砲の射程が短く近接戦闘があり得た時代の名残であり、その当時は艦首部も強化する必要がありましたが、すでに日露戦争の時は身内での事故が発生した時の被害が大きいため(何といっても、ぶつけられた方が確実に沈んでしまうため)多くの国で廃止されたのです。
 それ以降は「防御区画」も採用され、艦首部に関してはこのような破損の仕方をする事故が増えたわけです(太平洋戦争時のものも含みます)。

 ということで、今回の事故では海自側の非は少なそうですが、『くらま』自体の復旧は誰が支出するのでしょうか?今の韓国側のコメントでは
「こっちは悪くないスミダ」
という感じですが、海保が払うのか?でもこれって、「信号が黄色だったから進入したらぶつかったから信号が悪い」というのと変わらない気がするのですが‥‥。でまた、○億円の出費でしょ(軍艦は高い)。

 今後の捜査を見守りましょう。

 それにしても「おじいちゃん(くらま)大変でしたねぇ」という感じです(笑)

ではでは。

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護衛艦『くらま』のこと

ども。

「くらまが炎上しております!!」

いやあびっくりです。
護衛艦「くらま(DDH-144)」は「しらね級」護衛艦の二番艦で、「ひえい(DDH-142)」についで古い護衛艦です。個人的には前甲板に背負い式に二基の主砲塔を配しており、結構好きな艦です。(前にも書きましたが「くらま」よりも「鞍馬」にして欲しいのですが)

しかしこの「しらね級(2隻)」。祟られています(涙)。「しらね」も一昨年炎上しましたし、たった2隻の同型艦が2隻とも燃えるなんて‥‥。それも「しらね」は中国製の冷蔵庫が原因、「くらま」は韓国籍のコンテナ船。何かを暗示しているかのようですね。

しかし、一部のマスコミが海自側を批判していますが、「あたご事故」の時同様『自衛隊=悪』という構図にしたいのでしょうね。

まあ自衛隊に非があるとしたら、
【「もし相手が故意に突っ込んできたらどうする」という想定はなかったのか?】
ということ
相手の船がテロリストで「衝角(ラム)」付きだったり、爆薬付きだったらどうするのでしょう?

まぁ個人的には
【撃っちゃえ】
ですがね(笑)

ではでは。

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何事も無かったかの如く書きます

ども。

何事も無かったかのように書いてます。皆さんお元気ですか(笑)

最近起こった出来事
①アニメ「ベルサイユのばら」のDVDボックス、買っちゃったこと。
②身内のことですいませんが、祖母(93歳)の容態(状態?)が一気に悪化したこと。
③最近風邪気味。
④また身内のことですが、チビたちが日に日に生意気になっていくこと。
⑤またまた身内ですが、飼い猫が一時体調を崩したこと。
⑥LaQにちょっとハマった事。
⑦某和菓子屋(地元では有名)が実はローカル企業(東京では無名)だったこと。
⑧久々に大学時代の友人U氏(おっ、星新一風)と呑んだこと。

‥‥‥‥くらいですかね。

ということで、今後は魂を入れ替えて書くようにします。

で、今週末はダライ=ラマ14世の法話を聞きに行きます(国技館まで)。

ではでは。

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川村かおりさんのこと

ども。

今日の夕刻、ネットを見ていて驚愕した。

【訃報】川村カオリさん、ガンで死去

【訃報】

もともと白人系美女が好きだった私からすると『やたらと尖がった女の子』という印象でしたが、彼女の印象は、やはり『オールナイトニッポン』が中心ですねえ。たまにしか聞いていませんでしたが、元気のいい放送を覚えています。彼女の音楽については、ちょっと方向性的に苦手でしたが、あの声質は好きでした。

その彼女がメジャーな世界に戻ってきたと思ったら、ガンの告白、その後今日の訃報へと繋がってしまいました。

私も父を肺がんで亡くしてますが、「壮絶な治療」は『闘病』という言葉がふさわしく、周囲からすると、正直言って奇蹟を信じつつ、実際には終焉への時間稼ぎでしかないその戦いが終わったとき、「父にとっての苦痛の終了」というのが家族の実感でした。

しかし、彼女の場合一人残された愛娘への想いを残しつつの旅立ちです。人の子の親になってみると、残された身の辛さよりも、残す側の苦しみの方に共鳴してしまいます。

先々月、高校生のころから愛読していた(ここ数年で私はリタイアしてしまいましたが)『グインサーガ』の作者・栗本薫女史が、やはりガンで逝ってしまいました。商売柄、人の死については比較的客観視出来るのですが、自分の人生とたとえ接点がなくても同時期を生きてきたと感じられる人が薨るというのはちょっと重いです【余計な心配ですが、女性シンガーソングライターのH.E.さんが心配です】。

ということで、川村カオリさんの冥福を祈り、また愛娘の進む先に光り多きことを願います。

ではでは。

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