ども。
子供たちには夏休みがあるのに、大人にはなぜ無いのでしょう(涙)。
というわけで、最近働き出したウチの奥様から話を聞くに、昨今の学校事情(小中学校)は、我々の時代(30年程度前)とはかなり違うらしいです。その要因は【ゆとり教育】だったり、【教員の質の低下】だったり、【モンスターペアレンツ】だったり、【少子化】だったりするのだけれど、卑近なところで地元のF市は《英語教育特区》を自称し小学校のカリキュラムの中に『英語の授業』を積極的に取り込んでいくそうです。
小学校で英語教育?
まあ語学を若いうちからやることには賛成ですが、本当の効果はどうなんでしょう?週に1~3時間のコマを増やして、それで効果が出ると思ってるのでしょうか?
ちなみにアメリカに留学経験のある友人は、3年間で得た英語を2年間でリセットしていました(笑)。日常で使わない外国語は生きた言葉じゃないそうです。
いや、そもそも初等教育で母国語の授業を減らして、外国語の授業を行うのってどうなんでしょうか?
私が小学校の英語授業に反対する理由①「英語を習ったとして人生において本当に必要な時ってどれくらいあるの?」
普通の人が英語を必要とする時って、せいぜい海外旅行に行った時ぐらいじゃないですか。国内で普通の生活をしていて外国人(英語を使える人限定)と接触する時間ってかなり限られますよ。ま、そういうお店に行くなら別ですが(笑)いずれにしても、個人的趣味や遊興の為に使う語学をわざわざ義務教育の中で教える必要はないでしょう。
あ、私、中学校の英語教育にも反対です。
しかし多くの人が「いや、語学が出来れば人生の選択肢(職業選択)が増えるから」と言いますが、
私が小学校の英語授業に反対する理由②「語学は所詮技術でしかない。如何に話すかより何を話すか。」
最近の企業では「外国語が使える」ことが重要ではなく、「その上で何が出来るか」が重要なんです。中途半端に語学の出来る日本人使うならネイティブの外国人雇った方がいいし、簡単な翻訳ならパソコンソフトで対応できますから。
語学ってその程度なんです。
それよりもその人物の本質に何があるのかが重要なのです。それが企業においても、対人関係(相手が外国人であっても)においても重要なのです。
だから国が今やろうとしているのは、「小手先の技術は中途半端、そのうえ中身も無い人間」の大量生産をしようとしているのです。
語学なんて学校でお仕着せでやらせるよりも、必要になった人が自腹を切って、集中的にがむしゃらにやらなければ身に付かないって(笑)。あとは趣味でやるかだね(笑)
ちなみに私、中学・高校を通して英語が苦手でした。特に単語を覚えるのが苦手で、結果偏差値が常に50以下でした。しかし、高校3年の夏、予備校の授業の中で「英語・即読即解」の講座を受け、長文の読み取り方・文脈の捉え方を習ったおかげで、その後の英語の試験、長文だけは理解できるようになったのです。
それが今も生きてまして、先日、協会の会議でアメリカ人の方(初老男性)が見えられた時、一応メンバーの中にいる大学教授が彼の言葉を通訳していましたが、とりあえず自分も(聞き取れる範囲で)彼の言葉を聞きいってました。すると「○○○が×××して、◎◎による▲△△を‥‥」と言うくらいに理解できるではないですか。ところどころの分からない単語は憶測と文脈で推定しますが、6割か7割は理解しました。要はやる気と集中力。
‥‥‥‥、しかしその会議後、駅までの間、私が英語を喋れると思いいろいろ質問されたのには閉口しました。これが金髪美女なら別なんですが(笑)
語学ってその程度で、国がわざわざ税金使って、力を入れる必要なんてないと思います。それより、人間として日本人として学ばなければいけないことって、もっとあるんじゃないでしょうか。
この話題、引っ張ります(笑)。
ではでは。